
「二刀流」といえば、米大リーグで投打で活躍する大谷翔平選手の代名詞のようになった。もともとは、2本の刀を持って戦う宮本武蔵の「二天一流」がルーツになる。
合理的な思考を持つ武蔵は、1本よりも2本の剣の方が有利と考えたらしい。実際にはそう簡単ではない。右利きや左利きがあるように、使っている回数が多い方が習熟し、もう一方は自然に衰えるからである。
二刀流は武蔵の専売特許のように思われているが、武蔵以後もさまざまな流派が生まれている。現在あまり知られていないのは、戦後の一時期、二刀流が剣道の試合で禁止されたことがあったりしたからだ。
詩人の茨木のり子さんは、自分の母親が二刀流だったことをエッセーで記している(『言の葉さやげ』河出文庫)。母親が家の中では生まれ故郷の東北弁(庄内弁)を話し、外ではそれをコンプレックスに感じて無口であったということを二刀流と表現しているのだ。
茨木さん自身は東北弁を美しいと感じていたが、母親はことあるごとに自分は東北弁で笑われていると思っていたという。方言に対するコンプレックスは人それぞれ。
気流子も東北出身だが、同じ県の出身者に「東北弁がない」と言われたことを思い出す。テレビ視聴や学校教育などの対人・地域環境によって、東北弁よりも標準語の方が身に付いたと言っていい。人の話す言葉には、地域や教育などの環境が関わっていることを改めて実感する。






