
古代ローマ帝国の皇帝ヴァレリアヌス。ご存じの方はよほどの歴史通だろう。紀元3世紀の皇帝だが、何せ半世紀に26人の皇帝が乱立した軍人皇帝時代の人である。63歳で皇帝になり、その4年後の257年に苛烈な宗教弾圧を行った。
キリスト教のあらゆる祭儀と集会を禁じ、この禁令を犯した者は即逮捕。司教は死刑に処し、一般信徒らの資産は没収した。外敵との戦に追われ、キリスト教どころでなくなったが、「短期間であってもヴァレリアヌスによる弾圧は、システムティックになされたのは確かだった」と作家の塩野七生(ななみ)氏は指摘する(『ローマ人の物語12 迷走する帝国』新潮社)。
こういう時代に殉教したのがローマの司祭ヴァレンタインである。その日が2月14日。諸説があるが、結婚を禁じられていた軍人を祝福したので皇帝の怒りを買ったという。愛する人と結ばれる、死してもなお。それが今日のバレンタインデーの由来である。
ヴァレリアヌス帝はササン朝ペルシャに侵攻したものの、戦いに敗れて捕虜となり殺された。ローマ史上、前代未聞のことで、人々は驚愕(きょうがく)し恐れおののいた。キリスト教信徒からは「キリストの敵」の烙印(らくいん)を押され、その名はやがて忘却の彼方(かなた)に。
迫害した者の名は消え失せ、迫害された者が聖人として人々の心を捉え続ける。現在はどうだろう。宗教弾圧する者、される者。いずれが後世に輝くだろうか。バレンタインデーでふと思った。