作家の五木寛之氏は、歌謡曲についての思いを述べたエッセー『わが人生の歌がたり昭和の哀歓』(角川文庫)で、昭和歌謡について書いている。
その中には、「影を慕いて」や「佐渡情話」などから、軍歌「誰か故郷を想わざる」などもあるが、生後まもなく両親に従って渡った朝鮮半島の歌「アリラン」やソウルで聞いた流行歌などについてもふれている。
その後、引き上げ者となった五木氏は、歌謡曲が持つ力について、「人は悲しいときに、明るい歌で元気づけられるというものでもない」と、悲しい時には悲しい歌の方が心を癒やす力があると指摘している。
特に、その五木氏が驚いたのは、日本の敗戦後、朝鮮半島にソ連兵が侵入し、日本人に対して残虐な行為をしながら、合唱をするソ連兵たちの歌声の美しさだったという。
「ああいうけだもののような連中がどうしてこんな天使のように美しい歌を歌えるのだろうと、ショックを受けました」
続いて「美しい音楽や歌というのは、美しい魂や美しい心の持主から生まれるものだと、普通は考えるのですが、そうともかぎらない」と記している。
これを読んで、旧ジャニーズ事務所の性加害問題が思い浮かんだ。根源には、人間の魂の良心と悪心の問題が潜んでいる気がする。
ソ連兵の歌の美しさは、そうした良心と悪心の矛盾性そのものを示しているのではないか。
(羽)