言葉(発言)について驚くほど不寛容になった昨今、「一切ない」という言葉も禁句になったようだ。「絶対ない」と同じだからだ。よくないことを強く否定するときに使われる。否定したい気持ちは分かるが、後が怖い。物事の全体像が見えてきた上で用いないと失敗する。
林真理子日本大学理事長のケースでも、アメリカンフットボール部員の違法薬物事件を巡って、寮で薬物が見つかったことは「一切ない」と発言した直後に部員が逮捕された。「今の時点では確認できない」と言えばよかったのだろうが、人間が常に冷静でいられるわけではない。林氏はその後、謝罪に追い込まれた。
加えて、メディアからは「林さんは作家なんだから、言葉の使い方はよく分かっていたはず……」といった批判もあった。確かに林氏は人気作家であり、日本文藝家協会理事長でもある。
メディアは「作家である以上、神様のように言葉を操れるはず」と本気で思って批判したのか、それとも単なる揚げ足取りにすぎなかったのか。事情を承知の上で「世間の流れから見て、ここは林氏を叩(たた)いておこう」と考えたのだろう。
作家が「言葉のプロ」であるのは当然だが、そのことと大学理事長の職務上の発言は別物のはず。「神様のように言葉を使いこなす作家」なぞこの世にいない。
文学者は「書く」ことが主であって「話す」ことは苦手なタイプの人も多い。「作家=話法の達人」といった誤解・曲解は有害だ。