トップコラム【上昇気流】(2023年12月31日)

【上昇気流】(2023年12月31日)

新宿区の夏目漱石像

「今日は大晦日(おおみそか)だが至って平穏、借金とりも参らず炬燵(こたつ)で小説を読んでいます」――。明治38年、夏目漱石が鈴木三重吉に宛てた手紙の冒頭である。「『ホトトギス』を見ましたか。裏の学校から抗議でもくればまた材料が出来て面白いと思っている」と続く。

「裏の学校」とは、東京・千駄木の漱石邸の裏にあった郁文館で、その年の1月から「ホトトギス」で連載を始めた「吾輩は猫である」に「落雲館」の名で出てくる。「猫」では、落雲館の寄宿生が煩(うるさ)いと非難がましく書いた。

この年、日本は日露戦争に勝利し、漱石がモデルの苦沙弥(くしゃみ)先生らは「太平の逸民」を自認している。それだけに小説のネタには苦労していたようだ。

漱石が令和5年の大晦日に生きていればどんな感慨を催しただろうか。世の中の変化が激しく、多事多難な今、材料には事欠かないだろう。極東で日本と戦ったロシアは、現在は南西方面で侵略戦を行っている。

「草枕」で「文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によって此個性を踏み付け様とする」と鋭い文明批評を展開した漱石。夏の暑さが苦手だったというから、地球温暖化をもたらした文明をさぞこき下ろすことだろう。

AI(人工知能)が人間に指示したり、映画のシナリオや小説まで書いたりすることに対しても、不機嫌で気難しい表情を浮かべそうだ。漱石的な思考や感性が今ほど必要な時はないように思える。

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