【上昇気流】(2023年12月26日)

公衆トイレ

役所広司さんがカンヌ映画祭で男優賞を受賞したヴィム・ヴェンダース監督の『パーフェクト・デイズ』を観(み)た。トイレの清掃作業員の日々を坦々(たんたん)と描き、人生とは幸せとは何かを考えさせる。

役所さん演じる平山は、東京スカイツリーの見える下町のアパートに暮らす。早朝に起床し、車で都内の公衆トイレを掃除して回る。仕事ぶりは決して手を抜かず職人的だ。仕事が終わると銭湯につかり、安食堂で一杯やりながら夕食を取る。

そんな平山の楽しみは、カセットテープでひと昔前のポピュラー音楽を聴き、夜は古本屋で買った文庫本を読むこと。ささやかな幸せに満足し、無口だが、寛容さと優しさを備える中年男性を役所さんが好演した。われわれの周りにもいそうな人物だ。

平凡な人物や日常生活の尊さは、ドイツ人の監督だからこそ発見できたと思える。一方、ヴェンダース監督からは「いやそれは小津安二郎が作品で描いていたこと」という答えが返ってきそうだ。監督は小津を敬愛し『東京画』を制作している。

主人公の平山は『東京物語』など小津作品で笠智衆が演じた名前だ。平山と姪(めい)のニコ(中野有紗)が公園のベンチで缶の飲料を同時に飲むシーンは、小津作品『父ありき』で笠智衆と佐野周二の演じる親子が釣りをする場面を髣髴(ほうふつ)とさせる。

小津へのオマージュ、世代論、日本人論の要素も加味された含蓄のあるこの映画は、カンヌのエキュメニカル審査員賞を受賞している。

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