一番最初に彼に会ったのはもう15年以上前のことだ。ソウル南部のある脱北者向け賃貸マンションを取材で訪れた時、日本語がしゃべれる脱北者が今遊びに来ていると聞いて会ってみた。180㌢以上の長身でインテリ風だったが、頬はこけ表情からは大変な苦労の跡がうかがえた。聞くと日本生まれの在日朝鮮人で、1970年代に祖父に連れられ、あの「帰国事業」の船に乗って北朝鮮へ行き、命からがら韓国に逃れてきたということだった。
その後、時々会って韓国生活の近況や昔話を聞いた。「日本生まれで今は韓国籍を持つ元北朝鮮住民」という独特なルーツに多くの人は関心を寄せた。本を出したりテレビのコメンテーターをしたりして活躍の場も広げた。北朝鮮で結婚した妻とその間にもうけた息子たちを呼び寄せようとして何度か試みたものの、いまだ実現していない。
その後、しばらくして脱北女性と付き合い結婚。結婚式で幸せそうな彼の顔が思い出される。そういえば「すごい大物脱北者を紹介する」と言われて一緒にインタビューした青年が、実は偽者で2人ともスッカリ騙(だま)されてしまった苦い思い出もある。
先日、大病して入院するという彼を見舞いに大学病院へ行った。聞けば1年前に離婚し、自宅も売却して精神的につらかった時期に弱り目に祟(たた)り目だったようだ。歴史と政治に翻弄(ほんろう)され、数奇な半生をたどったが、筆者と同世代だということもあり、彼には病に負けず頑張ってほしいと心から願う。(U)