【上昇気流】(2023年12月6日)

ミグ25(Wikipediaより)

ビクトル・ベレンコ氏の死去が先月、報じられた。1976年9月に旧ソ連軍の最新鋭戦闘機「ミグ25」で日本の防衛レーダー網を擦り抜けて北海道の函館空港に強行着陸し、米国に亡命したソ連軍元中尉だ。

機体はソ連の最高機密だったので、自爆装置が仕込まれている、ミサイル攻撃で破壊される、はたまた特殊部隊が襲撃する――。そんな物騒な話が飛び交った。茨城県の百里基地に移送され、日米で機体を詳細に調べた後、ソ連に返還された。事件は防空体制の在り方などさまざまな教訓を残した。

その一つがソ連のスパイ活動への対策の必要性だ。ベレンコ氏は「日本国内の米軍基地、空港の現況を2カ月に1回ぐらいの割合で講義された。その内容は諜報機関が定期的にもたらしてくれる」と証言している(ジョン・バロン著『ミグ-25ソ連脱出』パシフィカ社)。

3年後の79年にソ連の週刊誌「ノーボエ・ブレーミャ」の東京特派員だったスタニスラフ・レフチェンコ氏が米国に亡命した。これは表向きの肩書で、実際はKGB(ソ連国家保安委員会)少佐で諜報(ちょうほう)活動に従事していた。

米議会の秘密公聴会で政界やマスコミ界の日本人エージェントを次々に暴露し、「スパイ天国・日本」を浮き彫りにした。翌80年に宮永幸久元陸将補によるソ連スパイ事件が発覚し、スパイ防止法の必要性が高まったが、同法はいまだ成らず、だ。

ベレンコ氏亡命から半世紀近く経(た)っても化石のごとき「戦後体制」である。

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