【東風西風】白樺派の「友達耽溺」

学習院本館(1915年)(Wikipediaより)

日本の近代文学史上に大きな足跡を残した白樺派は、武者小路実篤、志賀直哉、里見弴(さとみとん)、木下利玄ら学習院の学友たちの、「友達耽溺(たんでき)」(志賀の造語)の言葉に表現されるような独特の絆で結ばれていた。その関係が濃密だっただけに、けんかすることももちろんあった。

志賀は、里見が自分との交友について書いた「善心悪心」を読んで激怒し、里見に絶交状を送り付けた。絶交は8年間続いた。

そういった里見が志賀との関わりについて書いた作品を集めた『君と私志賀直哉をめぐる作品集』が中公文庫から出た。これを読むと、両者の出会いから、反目、和解、そして死による別れなどをたどることができる。

「春の水ぬるむが如くに」では、時間の経過とともに自然と2人がまさに春の水がぬるむように和解するさまが書かれている。実に不思議な関係である。

なんだかんだあっても、志賀と里見の間柄は、家族に近い、あるいはそれ以上の絆があったと見るしかない。それは青春時代、志賀より5歳年下の里見にとっては子供の頃からのものであり、時には家族にも話せないようなことを話し合う、自己形成と密接不可分の濃密な付き合いであったことによるのではないか。やや月並みだが思わざるを得ないのである。志賀の死の床での里見との会話、里見の弔辞などに、それがうかがえる。友人同士の真剣なけんかも少なくなったのは、それだけ関係が希薄になっていることの表れかもしれない。

(晋)

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