トップコラム【上昇気流】(2023年11月28日)

【上昇気流】(2023年11月28日)

二代目中村吉右衛門(Wikipediaより)

「吉右衛門の訃報を聞いた時、私は足元の大地が崩れ落ちていくような、喪失感を味わった」――。二代目中村吉右衛門が亡くなった時の衝撃を、演劇評論家の渡辺保さんは新著『吉右衛門――「現代」を生きた歌舞伎役者』(慶應義塾大学出版会)の中でこう表現した。吉右衛門が亡くなってから、きょうで2年を迎えた。

テレビ時代劇「鬼平犯科帳」シリーズで茶の間のファンも多かったが、真価は歌舞伎の立役としての演技にあった。渡辺さんがこれ以上ないような言葉でその死を惜しんだのは、吉右衛門が歌舞伎を「骨董品ではなく、現代の古典劇にした」役者であり、近代から現代へと移る「歌舞伎の命運を背負っていた」とみるからだ。

同書ではその演技を振り返りながら、古典を現代にどう表現してきたかが語られる。吉右衛門が歌舞伎界の大黒柱であったこと、その喪失の大きさがよく理解できる。

渡辺さんを再び落胆させたのが、市川猿之助被告の自殺幇助(ほうじょ)事件だ。渡辺さんは猿之助被告の歌舞伎役者としての力量を高く評価していた。

事件後、「文藝春秋」7月特別号に「猿之助は未来への希望だった」と題する文章を発表している。歌舞伎を近代から現代へ繋(つな)げたのが吉右衛門だとすれば、現代から未来へ繋ぐ中心的存在として猿之助被告に期待した。

渡辺さんの文章には、歌舞伎界の現状への危機感が滲(にじ)んでいる。歌舞伎が滅びないためには、ファンの温かくも厳しい眼(め)が必要だろう。

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