季節の移ろいと大自然に思う

「天の声にも変な声がたまにはある」と言ったのは、今から45年前、自民党総裁選の党員・党友による予備選挙で思わぬ大敗を喫した福田赳夫首相(当時)だが、最近の天候には変なものが多過ぎる。

立冬(11月8日)が近づく中、東京では1日まで秋らしい涼しい日が続いたが、2日から昼間の気温が上昇し、4日と6日はついに最高気温が25度を超える夏日となり、通算でも昨年を超え過去最多の142日となった。

既に最高気温が30度を超える真夏日も90日、そのうち同35度超の猛暑日が22日もあり、最低気温が25度を超える熱帯夜も57日で、いずれも過去最多。とてつもなく暑い夏だった。

それでも、昼と夜の長さがほぼ同じになる秋分の日(9月23日)を境に最低気温が20度を下回る涼しい日が多くなった。昼間も日陰に入ると風が心地よく感じ、夜中に屋外に出ても蒸し風呂の中にいるような感覚がなくなった。10月に入ると朝夕は少し寒いくらいになった。

さしもの猛暑も、季節の移ろいをもたらす大自然の摂理にはあらがえないわけだ。

太陽の周りを公転する地球が自転することで朝昼夕夜の1日の移ろいがあり、その自転軸(地軸)が公転軸に対して23・4度傾いていることで春夏秋冬の季節の移ろいが生じる。

暑さ寒さはそんな宇宙の大きな仕組みに付随する現象にすぎない。しかし、その中で植物は成長し、開花・結実し、種を増やして繁殖する。草花は1~数年で枯れ、樹木は何十、何百年と年輪を重ねて生を終える。

人もそのように繰り返される1日と1年のサイクルの中で生まれ、育ち、繁殖し、生を終える。猛暑や厳冬に見舞われて、その時々に右往左往するが、大きく見れば大自然の掌(てのひら)の上で生かされている。最近、先輩方が相次いで幽明境を異にする中、つくづくそう思う。

(武)

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