正面に雪を頂く霊峰富士、手前右側には朱塗りの五重塔、そして左手前には満開の桜。最近こんな写真を見た覚えのある人は少なくないだろう。訪日客の人気スポット、山梨県富士吉田市の新倉富士浅間神社の眺めである。
初めて見た時は合成写真ではないかと思った。富士、桜、朱塗りの塔という日本的風景が三つも揃(そろ)って、いかにもおあつらえ向きの感じがしたからだ。しかし、これは実在する風景で、訪日客の間に口コミで人気が広まり、日本人にも知られるようになった。
日本ではあまり注目されていなかったのに、訪日客が魅力を発見した例では、京都の伏見稲荷大社がその代表だろう。朱色の鳥居が連なる不思議な空間は確かにユニークだ。
浅間神社からの眺めはあまりにも絵葉書的なので、かえって日本人に注目されなかったのだろう。太宰治は小説「富嶽百景」で、甲州・御坂峠の天下茶屋から見た、河口湖や周囲の山々を従えた雄大な富士の眺めを「まるで、風呂屋のペンキ画だ。芝居の書割だ」と酷評した。そういう渋い美意識が日本人にはある。
それでも浅間神社の眺めは、日本入門の風景としては悪くないのではないか。これを入り口に、渋さ、ゆかしさを知ってもらえばいい。
新型コロナウイルス蔓延(まんえん)で落ち込んだ訪日客も、コロナ禍以前の9割超にまで回復してきた。訪日客が地方に足を延ばし、まだ日本人が気付いていない新しい魅力的風景を発見してくれることを期待したい。