深く長く残るいじめの〝傷〟

いじめ認知件数が昨年度、過去最高だった。子供の数は減っているのに、深刻な事態である。いじめでは、筆者は現在進行形の苦い体験を持つ。

昭和40年代、東北の小さな村で小中学校生活を送った同級生のうち、首都圏で暮らす仲間たちが時々〝ミニ同級会〟を開いている。今月下旬、東京でまた集まる予定だ。

宴席が盛り上がった頃、いつも幹事を務める女性と筆者は毎回のように、こんな会話をする。「A子ちゃん、今年も来なかったね」。首都圏で教師をする彼女にも、幹事は何度か誘いの電話を入れたが、決まって返ってくるのは「学校にはいい思い出がないから」という断りの言葉だ。

子供の頃、彼女のあだ名は「パリーナちゃん」。かつて流行(はや)った米国のテレビ番組に登場する黒人の女の子のあだ名だった。その女の子は驚くと縮れ髪を爆発させるなど、ギャグ満載の人気番組。彼女も縮れ髪だったことから、いつしかそう呼ばれるようになった。

身に付けるものからすると、家は貧しかったようで、いつも青っぱなを垂らしていた。成績も良いとは言えず、特に男子のからかいの対象だった。今で言えば、いじめである。筆者には面と向かっていじめた記憶はないが、からかいの心理を抱いていたのは間違いない。

ミニ同級会で、彼女が教師になったと聞いた時、本当は頭の良い子で、努力もしたんだろうな、と当時を懐かしく思い返した。しかし、彼女にとっては50年経た今も、つらく思い出したくもない、いじめられた記憶なのだ。「いい思い出がない」という言葉から、心の傷の深さが伝わってくる。

彼女が教師の道を選んだのは、自分がいじめられたことと関係があったのかもしれない。いじめが年々悪化を続ける今、彼女は何を思っているのだろうか。いつか邂逅(かいこう)を果たし聞いてみたいと思う。

(森)

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