【上昇気流】(2023年9月28日)

東京国立博物館

韓国の伽耶古墳群がユネスコ世界遺産の暫定リストに登録されたのは2013年。この9月、10年ぶりに世界遺産に登録されて、伽耶の歴史が光を発する時代が来たと韓国メディアは喜びを表明する(小紙9月21日付「説往説来」)。

伽耶史の研究が活気を取り戻したきっかけは、1992年6月6日、慶尚南道咸安道項里で馬の鎧(よろい)の破片が発見されたこと。鎧が発見された墓の主人公は、4世紀後半の阿羅伽耶の首長クラスと推定された。

同年6月30日には、日本の東京国立博物館で「伽耶文化展」が開催され、新発見のものではなかったが、三国時代の馬の甲冑(かっちゅう)も紹介された。この時代、馬は狩猟や戦闘で重要な役割を担っていた。

「大陸では、戦闘の際に人間と同じように被害を最小限に食い止めるために、馬の甲冑を工夫して製作した」と同展で解説。慶北大学校教授の朴天秀さんによると、5世紀に日本に移入された文物の多くは、慶尚北道高霊郡を本拠とした大伽耶のもの。

特に馬の飼育や繁殖技術、馬具が東日本や紀伊地方にもたらされたという。2016年4月、伽耶大学校で開かれた第18回高天原祭記念学術講演での発表だ。同大学校高霊キャンパスのある高霊は、日本神話の神々の故郷、高天原の存在した地という説がある。

キャンパス内には高天原公園や「高天原故地」の碑などがあり、日本と伽耶の神々に対する奉安式も行われてきた。伽耶史の研究は日本への影響も大きいだろう。

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