
酷暑の日々が続いていたのが、ようやく秋の気配を感じるようになった。歳時記の9月は、秋の草花の句が多くなる。だが、実感としてはいまだに夏の余韻がある。
秋の草花というと、代表的なのがハギ、ススキ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、アサガオだ。この秋の七草は、万葉集の歌人、山上憶良の歌によっている。最近はアサガオの代わりにキキョウが入る。
アサガオは夏休みの観察日記の対象で、田舎ではよく家庭で植えられていた。最近は、東京ではあまり見掛けない。そう思っていると、自宅近くの公園にあるグラウンドの網の囲いに寄り添うように数輪咲いていた。
草花は主に鳥が種を運んだりして各地に繁殖しているが、このアサガオは誰かが種を蒔(ま)いたのかもしれない。りりしい花の姿は、どこか残暑に立ち向かう若武者のようだった。開花期間が短いのが残念なほど。
現代では、秋の七草を全部見たことのある人はどれだけいるだろうか。特に都会では野原も林も宅地として開発されている中、草花の生息地が減り、幻になりつつあるのではないか。気流子の幼少時代、どこでも見掛けたススキさえ、都会では希少になっている。
秋は台風も多い。秋風が吹くと、寒さを実感するようになる。秋風は男女の愛が冷めることも意味する。政治の世界では、衆院が解散しそうな状況を指す「解散風が吹く」という表現がある。どこか男女の愛と似ている気がする。