トップコラム【上昇気流】(2023年9月19日)

【上昇気流】(2023年9月19日)

彼岸花

彼岸花が咲き出した。厳しい残暑が続いているが、もうお彼岸だ。彼岸花には曼殊沙華の別名がある。

それを詠んだ歌では、木下利玄の<曼殊沙華一むら燃えて秋陽つよしそこ過ぎてゐるしづかなる径>が有名だ。この歌の場合、やはり彼岸花でなく、曼殊沙華でなければならないだろう。同じ花の名前でも、歌の格調やイメージが全く変わってくる。

彼岸花には、いろいろな別名がある。彼岸=あの世と結び付くので、墓花、死人花、幽霊花などと呼ぶ地方もあるようだ。真紅の色や花の形も独特で、妖しく不気味な感も漂う。

日本植物分類学の父、牧野富太郎は、万葉集巻11の歌に詠われた「いちし」は彼岸花の古名に違いないと『植物一日一題』の中で書いている。<道の辺のいちしの花のいちしろく人皆知りぬ我が恋妻は>。歌意は「道の辺に咲くいちしの花のように、いちじるしくはっきりと世間の人は私の恋妻のことを知ってしまった」。

牧野が「ハッ! これだなと手を打った」理由は、真紅の花が群生している光景は「誰の目にも気がつかぬはずがない」ため。「火焔(かえん)ソウ」などの別名が漢字表記「灼然(いちしろく)」に繋がることを挙げている。

ただ、牧野は「現在何十もあるヒガンバナの諸国方言中にイチシに髣髴たる名が見つからぬのが残念である。どこからか出てこい、イチシの方言!」と訴える。「新潮日本古典集成」でも「未詳」となっている。誰か牧野の叫びに答える人はいないものか。

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