【東風西風】サロン文化と文学賞のパーティー

フランス文化の多くが、サロンによって形成されたという話は割合よく知られている話だ。

貴族のパトロンによって支援を受けた作家や音楽家などの芸術家が、その作品を発表する機会を得て、羽ばたいたのである。

そのあたりの事情は、ピアニストで文筆家の青柳いづみこ著『パリの音楽サロン』(岩波新書)などに描かれている。

日本でいうと、そのような場がなかったと思えるのだが、強いて言えば、文学が西洋文学の移植によって花開いた一種の交流の場「文壇」ということになるかもしれない。

とはいえ、「文壇」は社会に向けた場ではなく、文学者同士の交流や出版社とつなぐ役割を果たした。

当時の作家は、ほとんどが「文壇」を意識していたといっていいだろう。

現代は、ほとんど「文壇」というのが存在していないが、それだけ交流の場が閉ざされ、個人主義的になったといえる。

「文壇」の衰退は、ある意味では、文化・教養主義的なものの衰退と重なるといっていい。

「文壇」に代わるものとして、サロン的な場に当たるものが、文学賞などの授賞式などのパーティーなどではないだろうか。

そこで、作家は編集者と名刺交換をしたりする交流の場となっているのは間違いないからだ。

ただややビジネスライク的であるのは仕方がない。

(鷹)

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