【上昇気流】(2023年9月1日)

関東大震災による惨状(横浜市中区)wikipediaより

「地震と火事で焼け野原になった東京の姿は、この大都に愛着を持つ人間にとって無量の感慨を催す風景であった。目路(めじ)を遮(さえぎ)るもののなくなった下町の焼土の果(はて)に、昔の景色さながらの、品川の海がみえた」。

関東大震災後の銀座を舞台にした水上瀧太郎の小説「銀座復興」の冒頭だ。震災被害の凄(すさ)まじさを端的に描写している。復興の魁(さきがけ)になろうと、銀座の焼け跡で営業を再開した日本料理屋をモデルに描いた瀧太郎の代表作である。

瀧太郎は震災関係では「九月一日」という短編も遺(のこ)している。鎌倉の由比ガ浜の別荘で震災に遭った自身の体験を基にしたもので、若い男女の交情を絡ませながら9月1日を描いている。

主人公は崩れ落ちる別荘の建物から飛び出て難を免れたものの、津波が押し寄せてきた。主人公らをすぐ山の方へ避難させたのは、昔、鎌倉に大津波があって大仏の御堂もさらわれたという記録だった。

津波が引いたのを見届けて、主人公らは倒壊した別荘に家族を救出するために戻る。その途中、家財を取り出そうと「もうひと揺り来れば、ひとたまりもなさそうな半つぶれの家にさえ踏み込んでいく人間の、財貨に強い執着をもっている有様」を見る。

北杜夫の「楡家の人びと」はじめ、大震災を描いた作品は少なくない。被害を生々しく伝えるだけでなく、そのような状況に遭遇した時の人間の心理や行動を伝えているという点でも貴重で、これからも読み継がれていくべきものだ。

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