猛暑の東京で思うこと

東京で猛暑が続いている。炎天に晒(さら)された道路や建物の熱気のため、深夜に屋外に出てもむっとする蒸し暑さに驚かされる日が多い。必然的に、エアコンも昼夜つけっ放しになる。

最高気温が35度を超える日を猛暑日と呼ぶことになったのは2007年だが、それまで東京で猛暑日が年間10日を超えたのは1995年の13日だけだった。だがその後、2010年(13日)、13年(12日)、15年(11日)とだんだん頻繁になり、18年からは3年連続12日、21年は2日と少なかったが、昨年(22年)は16日と年間最多日数を更新。今年も既に5日が最多タイとなる16日目の猛暑日となった。昼間に外に出るだけで、蒸し焼きになるような暑さだ。

昔も当然、夏は暑かった。といっても、昨年高齢者の仲間入りした筆者の「昔」は50年以上も前の話になる。四国の田舎で、高校は2年の頃まで木造校舎だった。もちろんエアコンもない。真夏の授業は窓を開けっ放しにして、先生が汗をタラタラ流しながら黒板に板書し、「夏はなあ、汗を流しながらやるもんじゃ」などと言っていたことを覚えている。

とはいえ、田舎の家は川と山に囲まれていて、夕方に打ち水をして熱気を冷ますと、夜には風が心地よくなり、朝方は涼しいぐらいになっていた。現在の東京も、玉川上水や神田川、植物の多い公園の近くなどを歩くと風の熱がほんの少し和らぐが、もともとの気温が高過ぎる。

一口に温暖化のせいだというが、一日中エアコンの室外機から熱気を吐き出しながら人は室内にこもり、夕方に打ち水もしない。緑も少ない。そんな環境とライフスタイルで暮らすことが、本当にベストな生き方なのか。エネルギーを消費(CO2を排出)しつつ生活空間を自然と隔絶していくのでなく、自然と共に暑さを軽減して生きていく方法はないのだろうか。

(武)

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