トップコラム【上昇気流】(2023年7月12日)

【上昇気流】(2023年7月12日)

最近、東洲斎写楽が話題になることが少なくなった。20年ぐらい前は「写楽の正体」が話題の中心で「正体は○○」だとか盛んにやっていた。別の有名画家がこの名前で作品を発表していたというのが別人説だ。何十人もの人物が写楽と見なされた。

ところが最近は、写楽本人説が定着している。昔から伝わる説に変っただけだ。阿波徳島藩(蜂須賀家)お抱えの能役者で、本名斎藤十郎兵衛。1800年ごろの人というのが実態のようだ。何かの拍子で別人説へと変わって、20年前ごろはさまざまの説が立てられたものの、決定打がないまま収束した。

1年程度の短期間で写楽が消えたのは、歌舞伎役者の真実の姿を描こうとして、やり過ぎてしまったため飽きられたから、という文献が残っている(中野三敏著『写楽』中公新書)。

人気は出たものの、飽きられるのも早かったということのようだ。藩の能役者は今で言えば地方公務員だから、表立った活動はしにくい面もあったのだろう。

別人説が言われたのも「能役者風情にあれほどの作品が描けるわけがない」という偏見が前提にあったためではないか。「著名な画家が小遣い稼ぎで写楽を名乗って描いていたのだろう」という発想だ。別人なのだから、人気がなくなれば辞めてしまっても不思議はない。

「本人説→別人説→改めて本人説」という変遷は面白い。いったん忘れられた画家が復活するのも珍しい。写楽の実力のほどを物語る。

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