
7月8日で安倍晋三元首相が凶弾に斃(たお)れて一周忌となる。これに先立ち岸田首相は6月30日、「安倍氏の遺志に応える」と現職の首相としての決意を示した。「元首相の数々の功績を礎として新しい時代を切り開いていく」として、賃上げ、自由で開かれたインド太平洋、防衛力強化、憲法改正などの具体的政策課題を例示した。
「元首相の数々の功績を礎として」と聞くと、真っ先に昨年9月27日の安倍元首相国葬儀での岸田氏の弔辞が思い起こされる。弔辞では、第1次安倍政権(2006-07年)が取り組んだ「戦後レジームからの脱却」政策、すなわち、防衛庁の防衛省昇格、憲法改正に向けた国民投票法、教育基本法改正、インド太平洋の概念形成――を実績として評価し、「すべて今日につらなる礎」と表現した。つまり元首相の政策路線を継承しながら、遺志に応えていくことを公に誓ったのだ。
賃上げでいえば、経団連は今年の春闘で大手企業の賃上げ率を3・91%、連合は正社員の賃上げ率を3・58%と発表、いずれも30年ぶりの高水準となった。
防衛政策では、昨年末の安保3文書改定を経て、防衛費をNATO並みのGDP比2%に増額する構想をし、その財源確保法を今国会で成立させた。自由で開かれたインド太平洋構想は日本主導を特徴に持つが、今年5月にG7サミットを議長国として日本が主導した。
岸田氏からすれば、安倍氏の功績の礎の上に、新しい日本を切り開きつつあるとの自覚なのかもしれない。
しかしそのサミットを頂点に岸田政権支持率の下落が著しい。マイナンバーカードのトラブルはじめ、さまざま理由は語られているが、本質的な問題がある。第1次、第2次安倍政権と菅政権を支えた国民の30%ともいわれる岩盤支持層の失望を買っているのだ。
LGBT理解増進法の審議、ホワイト国再指定と通貨スワップ再開という対韓国政策の決定、それらのプロセスの問題も論を俟(ま)たない。ところがそれ以前に、米国民主党政権の要望を岸田氏が唯唯諾諾(いいだくだく)と受け入れ、指示するがごとくそれらの政策を断行したことが大問題だ。
6月27日バイデン大統領はメリーランド州で行ったスピーチで、日本の防衛費こそは自身による岸田氏への説得で増額させたとするのは誤解を招くと訂正した。ところが一方で、対韓国政策こそは自身が説得したのだと実績としてアピールしているではないか。また、LGBT法制化や対韓国政策が実現するたびに、「よくやった」「さすが岸田」といった駐日米国大使のツイートが全国を駆け巡るたびに、どれほど岩盤支持層は不快感を抱いたことだろう。
「安倍元首相の遺志に応える」とは、政策路線の継承もさることながら、それを通じた国づくりの推進である。美しい自然に恵まれ、長い歴史と独自の文化を持ちながら、大いなる可能性も秘めている日本。それを国民の勇気と英知と努力によって引き出しながら、日本人であることを誇りに思える国にしようとした安倍氏。そのように岸田氏自身、昨年の国葬儀の弔辞の中でも回想しているではないか。
一周忌に際し、岸田氏には安倍氏の遺志をその本質まで深めて、日本の国づくりに向けて再起を決意していただきたい。
(駿馬)