今月21日予定の国会会期末に向け、LGBT理解増進法案の審議が進んでいる。
13日の衆議院採決を経て、早ければ6月16日の参院本会議で可決する見通しだが、この法案に対する保守層の懸念は大きい。
LGB(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル)という性的指向と異なり、T(トランスジェンダー)、すなわち精神的な自己の性認識が外形的身体と逆である性的マイノリティーをどう考えるかが課題になっている。
「性自認」の考え方による代表的な問題例は、身体の性によって区別されているトイレ、公衆浴場、女性専用車などをトランスジェンダー女性(身体的には男性だが性認識は女性)らが使用する際、近くの一般女性らが受ける不安だ。これは日常、全国各地で女性の生活に影響を及ぼす問題に発展している。
同法案は2021年、菅政権下で超党派で議論された末、提出が見送られたが、岸田内閣は「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太の方針)を昨年6月に閣議決定した。
その際、共生社会づくりの項目で「性自認」の表現を外し、「性的マイノリティに関する正しい理解を促進するとともに、社会全体が多様性を受け入れる環境づくりを進める」と記した。続いて、自民党も7月の参院選の公約で、それまで明示していた「議員立法」化も取り下げていた。
政府の「性自認」外しと自民党の「議員立法」化の取り下げへの対応は、多様性の尊重や性的マイノリティーとの共生という新しい課題に向き合いつつ、保守の精神から日本古来の寛容的文化を生かし、女性の安全と人権を守る配慮を行おうとした証左だった。
ところが今年2月、荒井勝喜首相秘書官(当時)のオフレコ失言への批判に、米国務省のジェシカ・スターンLGBTQI+人権促進担当特使の来日という“外圧”が重なった。
すると岸田首相はそうした思慮深く積み上げてきた議論と判断を無視するかのように、公約からも取り下げていたLGBT理解増進法案の提出をあっさりと党幹部に指示したのだ。
こうした経緯を経て、自公維国の4党が相乗りした法案には「性自認」を意味する「ジェンダーアイデンティティ」の文言が復活した。それと同時に、拙速な審議時間不十分な立法化によって国民の半分を占める女性たちに、またたく間に生活への不安を抱かせる事態をもたらしたといって過言でない。
しかも、国民に広く影響を及ぼす立法化に臨むに当たり、それを指示した当の岸田首相の国民への説明が皆無であることは異常事態と言わざるを得ない。
13日の記者会見では、「制度について国民の幅広い議論が深まり、政治の場で議論が行われることが重要と認識している」と述べるにとどめた。
「主要7カ国(G7)の中で日本だけ法整備されていない」という浅薄な議論はやめるべきだ。むしろ、G7のアジア代表たる日本が、その伝統と文化を守りながら、どんな新しい課題にも向き合っていく気概が必要だ。それがなければ、首相たる資格はない。(駿馬)