
モスクワのトレチャコフ美術館にはロシア正教の聖像、イコンの名品が多数収められている。その中でも傑作として名高いのは、15世紀の伝説的画家アンドレイ・ルブリョフが描いた「聖三位一体」。これがプーチン大統領の命令で、モスクワの救世主キリスト大聖堂に移された。
大聖堂の前には、このイコンを礼拝しようという人々が列をつくっているという。もともと修道院に置かれていたが、ロシア革命後に美術館に移されたので、そういう意味では本来の居場所に戻ったとも言える。しかし、これまで湿度や温度を厳重に管理し保存してきた美術館側は断固反対している。
それ以上に問題なのは、その目的と時期だ。ロシア正教会のキリル総主教は「このイコンは、われわれの祖国が敵の大軍と対峙(たいじ)している時に返還された」と述べた。総主教はこれまでウクライナ侵攻を支持する発言を繰り返している。
ウクライナ軍が大規模な反撃を開始すると言われる中、イコンへの祈りで反撃を跳ね返したというストーリーを作り上げようというのか。ロシア人の信仰心を利用して、侵略戦争遂行へ駆り立てようという魂胆だろう。
キリル総主教は「戦死したロシア兵はその罪を洗い清められる」とも述べている。イスラム過激派が自爆テロ志願者をリクルートする時と同じ論法である。
なりふり構わぬプーチン氏とその取り巻きを止めるのは、良識あるロシア人の勇気ある行動しかないように思われる。