歌舞伎俳優の四代目市川左團次さんが亡くなった。享年82。「助六」の髭の意休、「髪結新三」の長兵衛など敵役、老け役、時には道化役など数々の名演技を残し、2017年には芸術院賞を受賞している。歌舞伎界はまた大きな存在を失った。
昨年の十三代目市川團十郎襲名披露では、体調を崩した松本白鸚さんに代わって口上を述べた。実に心が籠もっていた。
突然の訃報に愕然(がくぜん)としたという團十郎さんは、言葉で言い表せない感謝があると言い、初めて助六を演じた時、「舞台で対峙(たいじ)した時のあまりの大きさに驚いた記憶が、今も鮮明に残っています」とコメントした。
左團次さんは身長177㌢で大柄だったが、團十郎さんが感じたのはもちろん、芸の大きさであり役者としての存在感の大きさだ。このような敵役がいないと芝居が成り立たない。それだけではなく左團次さんがいると、舞台に不思議な安定感と奥行きが生まれた。
その芸の大らかさは、多分にその人柄や人生を達観した普段の生活そのものからきているように思われる。いろいろと逸話も多かったが、ファンを喜ばせるコツをよく心得、それを自分でも楽しんでいる風があった。「左團次のいる舞台は楽しい」と感じていたファンは多いだろう。
「芸は人なり」とは、どんな役者や芸人にも通じる言葉だが、人一倍それを感じさせる役者だった。多くの歌舞伎ファンが、その演技を見られなくなることを寂しく思っているに違いない。