【上昇気流】(2023年3月30日)

高尾山頂

春の陽気に誘われて、東京の郊外にある高尾山の麓を散策した。JR高尾駅から小仏への道はバス路線だが、バスに乗らず、歩いて自然を楽しむ人もいる。出会った男性もそんな一人だった。

地元の人で、高尾山には300回以上登ったという。すべてのルート、すべての季節を知っているようだった。登山を続けたい気持ちに変わりはないが、足腰が弱って、登るのが辛(つら)くなったという。

今はケーブルカーを使って行くのがやっとで、登るという行為は控えて麓を歩くことにしているそうだ。その日は駅から歩き、2時間半ほど散策して花を愛(め)で、バスに乗って戻って行った。

登山家も老いると登れなくなるが、旅など別の方法で風景を楽しみ続ける人もいる。20代から60代にかけ、十数回ヒマラヤ行を繰り返したという新アララギ代表の歌人、雁部貞夫さんもそうだ。

歌集『子規の旅行鞄』のあとがきで、今のストレス解消は日本の「辺境」を旅することだと記す。雁部さんの編集による有名な本が、深田久弥の著書『ヒマラヤの高峰』(全3巻、白水社)だ。著者の没後に刊行された。

この中で、深田は青年が抱いた憧れについて触れていた。「馬賊の満州は私たちより一ジェネレーション前だった。コンロン山脈やゴビ砂漠が私たちの夢だった」。深田は昭和14年蒙疆を旅し、包頭(パオトウ)まで行く。ヒマラヤの研究はその延長線上にあったが、今、この名称が青年らの空想を誘うことはない。

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