【心をつむぐ】宗教を超える親心に感謝

鳥居

宗教2世のことが取り沙汰されているが、今日の寺院や神社の後継ぎ問題も、別の面での2世問題だ。筆者の知り合いに、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の信仰を持ちながら、実家の寺院や神社の後を継いでいる人がいる。

彼らの言い分では、家庭連合の教えでは、宗教は時代や民族に従ってさまざまな形があり、それらが果たしてきた役割や価値を認める。また、今日の宗教には再度、復活して、本来の役割を果たせるようになってほしい、という。

彼らの実家ではこういう言い分を、聞き入れて寺院や神社の後継ぎを認めているという。とはいえ、こうした言い分を聞き入れず、拒否する場合もある。ある寺では、長男である彼が学生時代にこの教会に入信した。

若い人にはおおむね言えることだが、彼も親の家業は継ぎたくない、宗教はまっぴらだ、という気持ちが強かった。しかし教会に入ってから、考え方が変わった。親の家業を継いでもいいと思うようになった。

その親はもともと他の宗教にも寛容な態度を持っていた。それで、寺院を継いでもいいと親に言ったが、納得してもらえなかったという。

親の立場からすれば、檀家(だんか)への手前もあるし、当然であろう。ただ、ある年の盆に妻や子供たちを連れて家に帰ったとき、観光や食事など接待してくれた。宗教を超えた親の気持ちには、何ともありがたさを感じたそうだ。

(荘)

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