きょうは桃の節句、ひな祭りだ。最近、古いひな人形を一堂に集めて展示するイベントがあちこちで行われるようになった。千葉県勝浦市では、遠見岬神社の1800体をはじめ市全体にひな人形を飾る「かつうらビッグひな祭り」を開催している。
2001年に徳島県の勝浦町から7000体のひな人形を「里子」として譲り受けたのが始まりという。神社の石段にひな人形が並ぶのは、確かに壮観だ。ただ、ひな人形には、かつてそれを所持していた家族の歴史があることを考えると、少し違和感も覚える。
芥川龍之介に「雛」という短編小説がある。語り手の老女お鶴が15歳の時、没落したその商人一家は、生活のためにひな人形を米国人に売ることになる。それを売らせたのは開化派の兄だが、父親は娘のことを思いためらう。
いよいよ手放す前の晩、すでに箱詰めされたひな人形を取り出して1人別れを惜しむ父親の姿を、お鶴は目撃する。ひな人形に込められた家族のさまざまな思いを印象深く描いた名作だ。
ひな人形には、何よりも生まれた女の子の健やかな成長への祈りが込められている。昔は日本も幼児の死亡率が高かった。それが「楽しいひな祭り」となったのは、生活の向上、医学の進歩の賜物(たまもの)と言える。
1年間、暗い箱の中に仕舞われたひな人形たちにとって、きょうは年に一度の晴れの日だ。神社の石段であれ、どこであれ、人々にその晴れ姿を見せることには異存はないだろう。