「敵を知り己を知れば百戦危うからず」――。地震という自然現象は敵そのものではないが、その状況を見誤ったり準備を怠ったりすれば、容赦なく牙をむく敵になる。多数の建物が倒壊して5万人を超える犠牲者を出したトルコ地震の教訓だ。
1999年に発生したトルコのイズミット地震では60万人が住まいを失った。建造物の脆弱(ぜいじゃく)性が一貫して指摘されてきたが、対応できてこなかった。
日本の場合、関東大震災の死者・行方不明者は約10万5000人。そのうち約9万2000人が火災による死者で圧倒的に多い。当時、寺田寅彦は「今度我々が嘗めたと全く同じ経験を昔の人がさんざんに嘗め尽くしている。“経験の記憶”が弱い」(「事変の記憶」)と嘆いた。
東日本大震災では、死者の死因のうち津波による溺死の割合が90・64%(1万4000人余)に上った。地震による津波は日本史上頻繁に起こり、その被害はしっかりと記録されてきたが、備えは不十分だった。
今日、耐震耐火住宅の普及、津波対策の防潮堤整備や避難場所確保などが進んでいるが、経験の記憶を十分生かし工夫を重ねることだ。
他方、「すべての地震は新しい経験である」と言う地震学者もいる。発生場所・時期、そのあり方を勘案すると、当事者には常に初体験であり、被害を拡大させる新たな要素も生まれる。SNSによる流言飛語の影響は計り知れないだろう。工場で使う化学物質の管理強化も必要だ。