考えさせられた「これからの人生」

冬の公園を歩く高齢の女性

私事で恐縮だが、昨年秋ごろから体調を崩していたため、およそ半年ぶりの本欄担当となる。この数カ月、日常生活には不便を強いられ、疲労がたまるため仕事量も抑えざるを得なかった。これまで大きな病気もなく「自分は健康だ」と勝手に思い込んできたせいか、かなり気持ちが落ち込んだ時期もあった。

それでも妻には筆者の苛(いら)立ちを受け止めてもらい(妻には苛立ちをぶつけたことを後から詫(わ)びた)、同僚や知人から励ましを受け、人のつながりのありがたさを強く実感した。家族そして友人知人との関係は、人の心を幸福にする源泉だ。かかりつけ医からも「きちんと治せば、あと10年は元気に働けますよ」と勇気づけられた。

それと、あと数年で高齢者世代に入ることもあってか、今回改めて考えさせられたのは「残りの人生をどう生きるか」である。

以前読んだ『ヒトはどうして死ぬのか』(田沼靖一著)によると、生命には体内で役割を終えた細胞が自ら「死ぬ」ことで複雑な生命活動と種の存続に重要な役割を果たしている遺伝子機能があるという。次世代のために何を遺(のこ)すかを考えるのが生きる意味だという趣旨に感銘を受けた記憶がある。

ちなみに筆者が住む集合住宅には高齢者が多いが、毎朝小学生の登校の見守りをする女性がいる。

一時体調を崩されていたが、今はお元気に通学路に立っておられる。また、地域の環境美化活動をしている高齢者の姿もある。華々しくはないが、次世代のために心を配る生き方には美しさを感じるし、大切な意味があるように思えてくる。

肉体の時間は無限ではない。いずれ高齢者の仲間に入る筆者も、「次世代のために」という気持ちを持って生きたいと思う。

(誠)

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