
歴史学者の平泉澄は終戦2日後に東京帝国大学教授を辞し、実家の平泉寺白山神社(福井県)に戻って宮司になった。それから数年後、山奥の小さな村の秋祭りのために山を登っていった道で、学校帰りの児童らと一緒になった。
それで、ふと尋ねてみた。「君が代、知っているかい」「君が代? そんなもの、聞いたことがない」「日本という国、知っているかい」「日本? そんなもの、聞いたことないな」。連合国軍の占領下とはいえ、次代を担う児童らが国歌も国名も知らないとは――。
慄然(りつぜん)とした平泉が書き上げた「少年日本史」は現在、講談社学術文庫に『物語日本史』(全3巻)として収められている。
「皆さん! 皆さんは、牛若丸を知っていますか」。元服して九郎義経となったこと、民族において元服に当たるのは国家建設にほかならないことを説き、神武天皇による日本民族の統一の偉業から物語っている。
詩人で作詞家の西條八十が著した『少年詩集』(昭和4年刊)に「建国讃歌」がある。「きよし、きよし、日本(ひのもと)、そは蒼海(そうかい)の潮(うしお)のしずく、天(あめ)の瓊矛(ぬぼこ)より滴(したた)り落ち、凝(こご)りて成りし国土なれば」と、国生(くにう)みから始め、「建国は古(いにしえ)ならじ、建国は今日につづけり」と詠(うた)う。
誰が続けていくのだろうか。むろん次なる世代である。それを近年はもっぱら「子供」と呼ぶが、どうも違和感がある。歴史を継承するのは子供でなく、やはり少年少女ではないか。建国記念の日にふと思う。