トップコラム【上昇気流】(2023年1月25日)

【上昇気流】(2023年1月25日)

源氏物語(Wikipediaより)

昔は「文学全集」というものが発刊された。『漱石全集』のような個人全集ではなく、近代文学の多くの作家の作品を全50巻ぐらいで刊行する。1人で1巻であればいいのだが、2人で1巻(時に4人で1巻)という場合もある。

同じ大学出身でライバル関係にあったうちの1人が1人1巻だったのに、自分は2人で1巻という扱いに腹を立てて、その企画から降板した事件があった。

文学全集は作家のランク付けに他ならないから、降板した作家の気持ちは分かる。この話は60年ばかり前のことだが、令和の今、大手出版社の企画に抗議して降板するケースはほとんど見掛けない。作家の側の意識が大きく変化したことが理由だろう。

「芸術家」という身分が消えつつある。意地や気概といった芸術家としての作家個人の側の問題よりも、読者の存在が大きくなった。

昔の文学全集にしても「1人1巻」「2人で1巻」との判断が下されたのは、その時代なりに「読者の支持」の要素が考慮された結果だったと思われる。広く言えば、作家・芸術家(生産者)中心主義から一般読者(消費者)中心主義へという流れがいよいよ明確になってきたためと考えられる。

だが『源氏物語』や『平家物語』といった古典文学の傑作も、その時々の絶え間ない選別の歴史を生き抜いてきた結果、残ったことに変わりはない。となれば、芸術がもともと市場にさらされている現状は昔から変わらないとも言えそうだ。

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