
1980年代の半ば、哲学者の梅原猛さんは「ホテル・ニューハンプシャー」という米国の小説を読んで衝撃を受けた。同性愛、レイプ、兄弟相姦、麻薬など異常な出来事が日常茶飯事のように描かれていたからだ。それで堪(たま)らず、その驚きを新聞で語った。
「もしこれがアメリカ社会の現実であるとすれば、アメリカはすっかりフロイトの国になってしまったということになる。神を失い、神を信じない人間は正に満たされない情欲のかたまりとなる。…エイズ前夜のプレ地獄である」(日本経済新聞87年3月21日付)。
80年代初めに確認されたエイズ(後天性免疫不全症候群)の「0号(最初の)患者」は32歳の同性愛者の男性で、年間250人のセックス・パートナーと関係を持ち、ニューヨークやロサンゼルスなどで40件以上のエイズを起こした(ロビン・マランツ・ヘニッグ著『ウイルスの反乱』青土社)。
梅原さんはこのことを言っている。それから30余年が経(た)ち、欧米諸国はおしなべて「フロイトの国」になったようだ。日本も後追いし「LGBT」が闊歩(かっぽ)している。
昨年暮れに亡くなった前ローマ教皇ベネディクト16世は、世俗化を戒め、同性愛、中絶・避妊を否定し、伝統的な家族観を強調した。
その前任のヨハネ・パウロ2世も「放逸な快楽主義は人間の価値喪失につながる」と批判し、同性婚を「悪の新しいイデオロギー」と断じた。梅原さんも同じ思いだったろう。