奈良市の仲川元庸市長は、7月に安倍晋三元首相が銃撃された現場について、事件の前から計画されていた車道として整備し、慰霊碑などは作らないと発表した。事件の意味の重みに思いの至らない、あまりに不見識かつ心無い決定である。
事件後、緑地帯にする案や、歩道にして近くに慰霊碑などを設ける案が検討された。結局、周辺に花壇は設けるが、慰霊碑などの構造物は作らないことにした。
有識者や近隣住民からは、モニュメントなどを設けると現場を通るたびに事件を思い出すので設置しない方がいいという意見が多かったという。仲川市長は「1人の政治家の評価には賛成も反対もある」とし、「事件から目を背けたい人の気持ちに配慮する必要があると思った」と述べた。
しかし安倍氏遭難は、政治家が選挙演説中に暗殺されるという民主主義への重大な侵害である。まして安倍氏は憲政史上最長の首相経験者である。
奈良市としては、慰霊碑を建てると決めた場合の反安倍活動家の反対などを想像し、面倒を避けたのかもしれない。いずれにしろ、民主主義侵害への危機意識を欠く決定と言わざるを得ない。
大正時代に原敬、昭和初期には浜口雄幸の2人の首相が東京駅で襲われるテロ事件があった。それぞれの現場の床には印が埋め込まれ、近くに事件についての説明板がある。事件を矮小(わいしょう)化し風化させないために、これらも参考にして何らかのモニュメントを作るよう再考を望みたい。