祖母の姿から感じた「孫育て」

法要祭壇

お盆に家族で帰省した。今回は春に亡くなった義父の初盆があった。

小さな町だが、その地域で今年他界した方たちの遺族がお寺に集まり、合同で故人に手を合わせる場が持たれた。

義母も義父が亡くなった直後は気落ちしていたが、少しずつ元気を取り戻し、孫たちに声を掛けて可愛(かわい)がってくれたのは、孫の存在が力になっているようでありがたかった。

乗り物好きの筆者の息子は、義父に毎回車で遠出をしてもらいご機嫌だったが、今回は仏壇に静かに手を合わせてくれた。お盆は墓参りと祖父母に会いに行く時だ。孫にとっては、祖父母の存在が先祖への意識を強くするのかもしれない。

その姿を見ながら、祖父母の存在の意味を改めて考えさせられた。

「祖母仮説」という人類学の話を聞いたことがある。ヒトは他の哺乳類と違って繁殖が止まった後にも高齢期に当たる長い寿命があるが、それは自分の子供たち(若い母親)の出産と子育てを助けるため、つまり孫の面倒を見るためではないかという仮説である。

それによって若い母親はすぐに次の妊娠・出産ができるようになるという。いわば人類が生き延びてきた知恵である。

以前読んだ『祖父母学』(大森弘著、グッドブックス)では、教師で家庭教育師の著者が、祖父母の心得として、「いのちの尊さへの思いを深める」「孫なりの自立を支援」「父性と母性のバランスを図る」「脇役としての役割に徹する」ことが大切だと述べている。

特に、子供夫婦が親として自立できるように、そして子供夫婦の仲が円満であるように支援をすることが孫育てには必要だという。

筆者と同年代ですでに孫がいる知人もいる。筆者にはまだいないが、高齢期のための心構えはしておきたい。

(誠)

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