【上昇気流】(2022年7月27日)

インターネット

映画やドラマを早送りしながらインターネットで見る「倍速視聴」が広がっているらしい。録画したテレビ番組をCMを飛ばしながら見るのは普通だが、当方は本編そのものを倍速で見ることはない。

が、「内容を深く理解しなくてもいいから、多くの話題に接したい」と考える若者は多い。「質より量」の発想だ。

映画もドラマも「作品」として作られるが、「倍速」はそれを「情報」と受け止める。情報は多い方がいいに決まっているから、こうした人たちは質や内容にはこだわらないのだろう。

昔から「速読」はあったが、速読が可能だとしても結局は身に付かない。「だから速読は無意味」との見方もある。だが「多くの話題に接したい」とだけ考える人にとっては、身に付くかどうかはどうでもいいようだ。話題のための素材の一つとして見ているのだから「作品としての映画」という認識も薄いのかもしれない。

映画もドラマも小説も美術も音楽も作品ではなく、何かのついでにたまたま消費されるものとなりつつあるのだろうか。40年ぐらい前であれば「芸術」という言葉が一定の重みを持っていた。今や芸術は、古典芸能のようなものになった。

芸術の存在はそこそこ認められているが、今後は狭い領域で細々と続いていくしかないのかもしれない。それでも、時代の流行をその都度乗り越えてきた芸術のしぶとさを考えれば「倍速」の流行程度で終わってしまうことはあり得ない。