渋谷は大学受験のために上京して、実質的に初めて数日過ごした東京の街だ。
実質的にという持って回った言い方をしたのは、「東へと向かう(夜行)列車」で早朝の東京駅に着いて、最初の数日間は、当時、「受験生村」と言われた代々木公園内の旧オリンピック選手村に泊まったからだ。確か1泊2食付きで千数百円という破格の安値だったので、受験雑誌か何かで発見し迷わず電話で予約を入れた。
天井が高くてとんでもなく広い空間に、これまた大きなベッドが四つ並べて置かれただけの部屋で、寝る時以外はほとんど代々木公園で過ごしたため、正直、東京という大都会にいる感じがしなかった。
途中でビジネスホテルに移るため渋谷に着いて、やっと大都会を実感した。地下鉄を指す表示が上に向いているのを不思議に思いながら駅を出て夕方の渋谷を歩くと、その人通りの多さと車の多さに圧倒され、空気も夕闇に埃(ほこり)が混じっているような灰色の不透明さを感じた。
そんな渋谷で驚いたのは、本のデパートを謳(うた)い文句にした大盛堂書店だ。スクランブル交差点の一角にある現在のビルでなく、神宮通り沿いにあったビル全体が書店になったものだ。規模の大きさに驚くとともに、その中をうろつくことが学生時代の楽しみの一つになった。
仕事の関係もあって渋谷が通り過ぎるだけの街になって久しい。それでも駅のごく近くに手頃な古本屋があって、時間が空くとふらっと立ち寄り、屋外の100円コーナーや店内の歴史・宗教・政治など人文コーナーなどを見て回るのが楽しみだった。
ところが、その古本屋が6月末に閉店してしまった。祖父の代から75年にわたり続いていたが、再開発で人の流れが変わり、コロナ禍が追い打ちをかけたのだという。大変残念だが、そのビルの2階には同じ店主が少しモダンな古本屋も営んでいる。頑張ってもらいたい。
(武)