【上昇気流】(2022年5月26日)

俳人で「門」名誉主宰の鈴木節子さんが今月8日、亡くなった。90歳だった。22日には恩師、能村登四郎の創刊した「沖」の50周年記念大会が都内のホテルであり、そこに席が用意されていた。

鈴木さんは出席するつもりだったが、急変してしまったようだ。哀悼の意を表して鈴木さんのビデオメッセージが披露された。9年前に亡くなった夫の鷹夫さんも俳人だった。

2人は「鶴」主宰の石田波郷に師事し、その没後は「沖」に入会して能村に師事した。夫が「春待つは妻の帰宅を待つごとし」と詠めば、妻は「男とは夫のことなり燕来る」という句を作り、仲の良さで仲間を脱帽させた。

鷹夫さんは昭和62年に「門」を創刊。節子さんは「大それたこと夫がせり藪柑子」と詠んだが、能村先生は「『門』という字はね、二本の柱がないと門にはならないんだよ、一本は鷹夫さん、もう一本は節子さん、二人で頑張りなさいね」と激励する。

小紙の令和3年正月特集号に、俳句を5句寄せていただいた。「福笑ひ」と題して「身の中の白濁はなし初山河」と詠む。開放的な人で、心に影がなく、粉飾などもしなかった。からりとしていて、多くの人たちから愛された。

「過去なべて宝なりけり屠蘇酌まむ」というのもあった。生涯を象徴している作品だ。「門」主宰は節子さんの妹、鳥居真里子さんが継承した。5月号で「われが灰になる日の桜乱舞せよ」と詠む。その時を感じていたらしい。