【上昇気流】(2022年5月21日)

勝連城跡

今年の直木賞に輝いた今村翔吾氏の『塞王の楯』は安土桃山期の城造りを担った石工集団の物語だが、沖縄にもグスクと呼ばれる城塞がある。世界遺産の勝連城や今帰仁(なきじん)城の石垣は実に見事で、何度見ても飽きない。

グスクは琉球諸島に大小300近くある。琉球王国の誕生以前のもので「グスク時代」(12~15世紀前半)と称される。その前は「貝塚時代」だったから突然の飛躍である。いったい誰が造り始めたのか、謎だった。

解明の手掛かりは鹿児島県奄美群島にある喜界島の城久(ぐすく)遺跡群だ。2005年から始まった発掘調査で、推定年代が9世紀から15世紀に至る大規模集落で数百棟の掘立柱建物跡などが見つかった。初期のものは当時の琉球諸島には存在しない規模で、奄美が同諸島の中心だったことが浮き彫りにされた。

平安時代に編纂(へんさん)された『日本紀略』に997(長徳3)年に「奄美島」の者が武装して大宰府管内へ乱入し放火、掠奪をしたので「貴駕島」に追補命令が発せられたとある。貴駕島は喜界島のことで、大宰府の支所が置かれていた。

喜界島にも沖縄にも平家の落人伝説が数多く残る。一方、琉球王国の正史『中山世鑑(ちゅうざんせいかん)』は、開闢神話の初代の王・舜天は「姓は源(みなもと)、名は尊敦(そんとん)」で「父は鎮西八郎為朝公」と記す。源頼朝の叔父・源為朝のことだ。

沖縄が祖国に復帰して50年。戦後史や琉球王国時代のみが語られがちだが、日本との関わりはもっと古い。いや、日本そのものである。