自分の「味」を探す

タケノコ

地方に住む執筆者から、あく抜きしたタケノコが大量に送られてきた。春を告げる旬の味を堪能できるとあって、社員が大喜びで分け合った。筆者も恵みにあずかったが、単身赴任で1人暮らし。「どう料理したらいいのか」と迷った。そんな時、頼りになるのが妻。すぐスマホを手にした。

「炊いて醤油やみりん、砂糖で味付けすればいいのよ。青椒肉絲つくってみたら」

料理について聞くと、アバウトな答えが返ってくるのはいつものことだが、今回もそうだった。ネットでレシピを検索すれば良かったかな、と後悔しかかったが、「あっ、そうか」と思い直した。料理の醍醐味(だいごみ)とは工夫しながら“自分の味”を探すこと。ネットに答えを求めては、その楽しみが半減してしまう。

そんなことが頭に浮かんだのは最近、解剖学者の養老孟司さんの著書『子どもが心配』を読んだから。養老さんは現代を「人生がカーナビに従う車のようになってしまった時代」と言い当てている。ナビに従えば、目的地に効率よくたどり着ける。その半面、「道中にこんな山があるとか、綺麗な花が咲いているといった道草を食う行為が忘れさられてしまった」。

ネット時代になって、スマホに「青椒肉絲」とつぶやけば、「タケノコの水煮100㌘」「しょうゆ小さじ1」と、それに従えば失敗しないで済むレシピが出てくる。アバウトな妻の答えとは大違いだ。だが、レシピやカーナビのようには、答えが出ないのが人生。道草を食ったり、失敗を重ねたりしながら、自分の答えを見つけ出すのが人生と言っていいのかもしれない。

次元は違うが、料理にも通じる話ではないか。そう思い、自分の勘を頼りに青椒肉絲を作ってみたが、しょうゆの入れ過ぎか、ちょっとしょっぱかった。幸い、タケノコはたっぷり残っている。自分の味を求めて、再チャレンジしてみよう。

(清)