【上昇気流】(2022年4月28日)

救世主ハリストス大聖堂

冷戦時代末期にソ連を旅したことがあった。1990年4月、モスクワのホテルで荷を解いてテレビのスイッチを入れると、ドキュメンタリーフィルムが放映されていた。救世主キリスト大聖堂の爆破場面だ。

復活祭にちなんだ番組で、31年12月の出来事。爆破命令を出したのはスターリンである。その場所に行ってみると、市民に人気のあるモスクワ水泳場だった。が、再建の動きも始まっていた。

この建物はナポレオン戦争の戦勝を記念して1883年に完成。高さ103㍍のロシア最大の教会で、ロシア帝国の興隆を象徴する建物だ。2012年に再建完成の目標だったが00年に完成した。

プーチン大統領は、復活祭のあった23日深夜、この大聖堂で祈りに参加したという(小紙4月25日付)。同じ日にウクライナ南部オデッサで爆撃があり、生後3カ月の乳児を含む8人が死亡した。

「かれが他人に物をやろうと、他人の物を奪おうと、それはいずれも法である」という諺(ことわざ)がロシアにある。「ツァーリこそ法の唯一・究極の源である」という命題は西欧にはないもの。

オーストリアの歴史学者オットー・ブルンナーは『ヨーロッパ―その歴史と精神』(岩波書店)で、神聖な秩序立った法の観念が、西方と東方とで分岐していく過程を描いている。西方では教皇権と皇帝権の闘争があり、合理的法体系が形成されていく。だが東方では、皇帝権の教皇権に対する優越性は変わることがなかった。

spot_img
Google Translate »