ある歴史学者の著作の数々について、学生時代以来、長い間付き合ってきた。振り返ってみると、その仕事ぶりから学者としての篤実な生き方まで感じられる。
その人物とは西洋中世史学者の増田四郎で、きっかけは経済史担当教授の師だったこと。1997年に亡くなったが、昨年に『ヨーロッパ中世の社会史』(講談社)が復刊された。最晩年の著作で、生涯にわたる研究成果が盛り込まれた。
ロシアによるウクライナ侵攻を考える上で参考になる。彼の最大の関心事は、ヨーロッパとは何かという問題だった。ヨーロッパの中世が1000年かかって成し遂げたことは、ローマ世界帝国の否定だったと結論した。
支配への抵抗権、団結権を育てつつ、貴族支配の社会から、民衆が「国民」として国政に参加する議会制民主主義を打ち立てていく。到達した「国民国家」は二度と世界帝国をつくらないという特質を持つものだ。
一方、東洋の中国では、大帝国の枠組みに対する国家観は古代から清朝まで存続した。また東ローマ帝国はビザンツ帝国として存続し、帝政ロシアに受け継がれて巨大な支配権を持った。
清朝や帝政ロシアは専制的な政治のシステムを構築しつつ、絶大な権力構造を保持した。両国はその後、共産主義国家として自国中心の世界帝国をつくってきた。それらは古代の遺制なのだ。人権や自由を尊重するヨーロッパの形成には、宗教の特別な役割が不可欠だった。