「風光るとき海遥か山かすか」(稲畑汀子)。先日、桜が散った川端の遊歩道を歩いていたら、春らしい日差しがあふれていた。このところ、数日、雨や風を交えた寒い日が多かったのがウソのようだ。
この時期の俳句の季語にある「風光る」は、いかにも日本人の自然観を表すような表現である。風が物理的に光る現象があるわけではないが、感覚的にそう感じられることを言う。それだけ春が森羅万象に明るい印象を与えてくれるのだろう。
春を代表するのが桜だが、もう一つ挙げたいのがタンポポ。昔は田舎の野原一面に黄色い花が絨毯(じゅうたん)のように敷き詰められていた光景を思い出す。東京ではあまり見掛けなくなったが、それでも、公園や空き地や川端などに咲いていたものだ。
ところが、テレワークで外出が少ないせいか、今年はあまり見掛けない。残念に思っていたが、最近、駅に向かう道路の脇に数株、タンポポが咲いていた。車が通る舗装路の隅、アスファルトのわずかな隙間から土に根を張っているようだった。
「たんぽゝや一天玉の如くなり」(松本たかし)。タンポポの生命力の強さに改めて驚かされる。タンポポには在来種と外来種があって、われわれが見掛けるのは、外来種のセイヨウタンポポが多いらしい。
外来種は明治以降に持ち込まれたという説がある。ロシアのウクライナ侵攻による戦争の悲劇がまだ終わらない。平和な春が一日も早く訪れることを望みたい。