【上昇気流】(2022年3月31日)

欧米のメディアでは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻後、首都キエフをキーウと表記する動きが広がっている。ロシア語由来の表記をウクライナ語由来に変更したのだ。

他の地名でもハリコフはハルキウに、チェルノブイリはチョルノービリに。日本政府もキーウに変える方向で調整に入った。2018年にウクライナ外務省が表記の見直し運動を始め、日本では19年、両国外務省関係者や専門家らでウクライナ語に近づける試案を公表。

ウクライナにはロシア語を母語とする人も多く、意に介さない人も、変更を歓迎する人もいるようだ。ロシア文学者の奈倉有里さんが、ロシア政府が意図的に両言語を分断させる行為を目の当たりにしたのは、モスクワに留学中の08年のこと。

言論統制が進行する中、文学史の教授が「ロシア語の方がウクライナ語より文学的で優れている」と語るのを聞いた時で、その後幾度も思い出したという(『夕暮れに夜明けの歌を』イースト・プレス)。

ロシアの言語弾圧は過去にもあった。19世紀後半、ウクライナ語出版を全面的に禁止し、劇、歌謡、講演まで禁じた。1920年代にはウクライナ語の出版物増大が図られ、多くの詩人や作家を輩出した。

だが30年代に政策を転換し、20年代に活躍した詩人、作家らは解職、逮捕、流刑に。86年以降はペレストロイカでウクライナ語の地位が向上し、再び知識人、作家らを輩出する。何とも悲惨な歴史を経てきた言語だ。

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