土木技師・八田與一と画家・伊東哲の交流を描く

台湾の灌漑施設工事扱う児童書『1930・烏山頭』

金沢市出身の画家・伊東哲(さとし)(1891~1979年)を主人公に描いた児童書『1930・烏山頭』が先月出版された。烏山頭(うざんとう)とは、台湾南部の灌漑(かんがい)施設で、日本の統治時代に築かれ、不毛の台地が台湾最大の穀倉地帯に甦(よみがえ)っている。伊東は20枚のタペストリーで建設工事を記録画として残した。物語では工事を指揮した土木技師の八田與一と伊東の交流を、水の女神を登場させて感動的に記している。(日下一彦)


完成90年を記念、台南市政府がダム建設の物語を刊行

台湾・台南市政府が昨年刊行した児童書『1930・烏山頭』
台湾・台南市政府が昨年刊行した児童書『1930・烏山頭』

本は昨年、同施設の完成90年を記念し、台南市政府がダム建設の偉業の物語を、子供たちに広く伝えたいと、児童書として刊行した。本書はその日本語版だ。主人公は烏山頭ダム建設工事の記録画を残した伊東で、同事業を手掛け「台湾農業の恩人」と讃(たた)えられている土木技師の八田與一(1886~1942年)も登場する。

2人は同郷で、伊東は八田より5歳年下の従兄弟(いとこ)同士、幼馴染(なじ)みでもあった。伊東は東京美術学校(現東京芸大)を卒業し、1916(大正5)年の第10回文展に入選後、帝展を含め5回入選し、石川洋画の先駆者として将来を嘱望されていた。ところが、1927(昭和2)年第8回帝展入選作「沈思の歌星」で、社会問題を起こした女流歌人をモデルに描いたことが売名行為と誹謗(ひぼう)中傷され、中央画壇を追われて二度と画壇に戻ることはなかった。

失意のどん底にあった伊東に八田が声を掛け、烏山頭に招いたのが始まりだった。南国の明るい雰囲気に感化された伊東は創作意欲を取り戻し、3年間かけて工事の記録画や八田の肖像画を描いた。

建設工事の様子を描く、天与の才を発揮した伊東の記録画

画家の伊東哲(『1930・烏山頭』より)
画家の伊東哲(『1930・烏山頭』より)

作品は縦横70㌢ほどの壁掛け画(タペストリー)で、「蝋描壁掛嘉南大圳工事模様(ろうがきかべかけかなんたいしゅうこうじもよう)と命名されている。絹地に蝋纈(ろうけつ)染めの手法で鮮やかに描かれ、カラー写真にも劣らない出来栄えになっている。当時、工事を撮影した写真は残っているが、どれもモノクロで色彩が分からない。伊東の作品はそれを補完している。

タペストリーは20枚制作されたが、工事の完成後、作品は記念品として工事関係者に譲渡され、現在、3枚が残るだけだ。児童書にはその1枚の図柄が掲載されている。部分拡大され、運搬用のドイツ製の機関車をはじめ、射水作業に使う大掛かりなジャイアントポンプ、蒸気ポンプなどが丹念に描かれている。その一方で、作業風景にとどまらず、ナツメヤシやマンゴーなどの植生も色鮮やかに書き込まれ、伊東の天与の才が存分に発揮されている。

土木技師・八田與一と画家・伊東哲の交流を描く
台南市にある烏山頭ダムのほとりにたたずむ八田與一像

その作風について、台湾出身のエッセイスト一青妙さんが推薦文を寄せている。「絹地に蝋けつ染めの手法で色鮮やかに描かれ、カラー写真にも見劣りしない見栄えがある。工事の様子とともに、動植物を含めた現地の風景が、まるで細密画のようにびっしりと描きこまれています」と称賛している。

記録画はダム建設だけでなく、作業員の家族たちの生活ぶりや子供たちが通った学校、さらに子供たちが元気に遊ぶ姿も書き込まれ、工事には日本人、台湾人の区別なく、家族ぐるみで従事していた様子を伝えている。同書は北國新聞社発売、定価1500円(税込み)。

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