上昇気流(2022年2月23日)

五輪の政治利用やドーピング問題などで物議を醸した北京冬季五輪が終わった。これは北京五輪に限らないが、判定を伴う競技について選手の間から不満が出ることもあった。タイムを競う競技に比べ、判定が必要な競技は面倒だ

北京冬季五輪が閉幕、言葉で熱戦を振り返る
閉会式で消えた聖火=20日、北京(時事)

採点基準が不明確であれば、基準を細分化すればよいとは限らない。評価には「全体的な印象」が含まれるからだ

大手予備校で論文の講師をしていた時の体験。模擬試験の際、100点満点として、配点を①課題文の読解力20点②文章力20点③独創性20点④総合評価40点――という基準で行った。だが、40点という配分に対してどういう数字にするかは、必ずしも客観的にはいかない

40点の配分に対する20点とか30点という評価には主観が含まれる。採点者は複数いるから、ある人と別の人との間には判断基準の違いが生まれることがある。公平にすべく、それを調整する会議が行われても難航するケースもある

歴史上の、例えば源義経のような軍事の天才の場合、事態を細分化して基準を細かく決めた上で作戦を行うなどということはなかったはずだ。一定の情報は得た上で、直観で行動したケースが多かったと思われる

人間社会は数字で評価するものの方が圧倒的に少ない。日常の行動の一つ一つが評価の対象となる。評価される側は、模擬試験と違い、自分にどういう評価が下されたかは教えてもらえない。知らぬまま日常を送るしかないのは古今東西変わらない。