石原慎太郎氏が1963年に発表した小説に「死の博物誌―小さき闘い」がある。大学在学中に執筆した「太陽の季節」で56年に芥川賞を受賞してから7年後の30歳を超えた時の作品だ。
都会の裕福な家庭の中で育った少年が不治の病に侵され、若い母親が必死で看病を続ける。その姿を家庭教師の若者が見詰めている。気位が高く、人には弱みを見せない母親の息子に注ぐ愛情の深さが見事に描かれている。
人間の実存を描くのに、生命の神秘、その躍動が底流にあって日常のドラマを展開させた作品が多い。若い時から晩年に至るまで、創作のモチーフは一貫していたように思う。文章のテンポの良さとともに石原文学の面白さはそこにある。
政治家としての活動では、筆者には石原氏が立候補した75年の東京都知事選が最も印象深い。選挙戦最終日、新宿駅東口広場を埋め尽くした人の渦とその熱気はいまだに忘れられない。結果は革新の美濃部亮吉候補に敗れたが、東京に確実に保守の時代がやって来ることを見せてくれた場面でもあった。
編集者泣かせの作家だった。左利きの石原氏の原稿の文字は解読困難で、何という字か尋ねると「君、これも読めないのか」と逆に突っ返されることがあったと、担当の編集者本人から聞いたことがある。「本当に頭がいい人は字が汚い」としみじみ思ったと苦笑していた。
近年は脳梗塞や膵臓(すいぞう)がんを患って、昨日亡くなった。享年89。合掌。