「男系男子」基本に続く皇統、不見識な「愛子天皇待望論」
岸田文雄首相が今月中旬、安定的な皇位継承の在り方に関する政府の有識者会議の検討結果を国会に報告し、議論の場は国会に移った。この政治の動きの中で、気になる論壇の動向がある。近年、左傾化が指摘される月刊「文藝春秋」は、新年号で「緊急特集『天皇と日本人』」と銘打った企画の中で鼎談「愛子天皇は実現するか」を、さらに2月号でもノンフィクション作家、石井妙子の論考「愛子天皇への道」を掲載。「皇位の安定継承」を名分にしながら、皇位継承順位を乱すような編集姿勢を見せている。
鼎談を行ったのは元総理・野田佳彦と元官房副長官・古川貞二郎、そして東京大学史料編纂(へんさん)所教授・本郷恵子。2012年、首相として「皇室制度に関する有識者ヒアリング」を立ち上げ、「女性宮家」の創設を検討させた野田は、「皇統の危機はまさに男系男子による継承に根源的な原因」「最近は国民の間でも『愛子天皇待望論』が話題になっていますが、私はそれも選択肢だと思います」と、男系男子以外も容認すべきだと訴えた。
05年、小泉政権下で「女性女系天皇にまで皇位継承を拡大する」との結論を出した「皇室典範に関する有識者会議」のメンバーだった古川。「女性天皇と女系天皇の両方を認めないと、皇位の安定継承の問題の根本的解決にはならない」と、明確に女性・女系天皇の容認を打ち出した。
本郷もまた、「一部マスコミの調査では、国民の八割が『愛子天皇』を支持するという結果も出ています」「お二人のお話を伺っていると、小泉政権の有識者会議の結論のように『女性・女系天皇の容認』が現実的な選択肢として浮かび上がってきます」と、2人に同調した。この3人を鼎談者として選んだのは、「文藝春秋」が女性天皇だけでなく、女系天皇まで容認するからだと見ていいだろう。
皇室典範が定める皇位継承の原則は「男系男子」。現在の資格者は①秋篠宮皇嗣殿下②同殿下の長男、悠仁殿下③上皇陛下の弟、常陸宮殿下―の3人のみだ。
皇位の安定継承問題が出ているのは、悠仁殿下以外の未婚の皇族はいずれも女性だからだ。有識者会議の検討結果は悠仁殿下の皇位継承時に、他に皇族がいなくなる懸念があり、その事態を避けるための具体策として①女性皇族が結婚後も皇室にとどまる②皇族の養子縁組を可能とし、旧宮家の男系男子が養子として皇籍復帰する―の2案を提示した。
その上で、「歴代の皇位は例外なく男系で継承されてきた」ことから、今上陛下から秋篠宮殿下、悠仁殿下までの皇位継承を「ゆるがせにしてはならない」と釘(くぎ)を刺している。つまり、皇統が神武天皇から今上陛下まで126代続いてきたことは、すなわち「男系」の原則が「皇紀2682年」の今日まで皇位の継承を支えてきたということを意味する。
男系男子を守ることと、皇位の安定継承は決して矛盾するものではない。その原則が皇統の危機を招いているとした野田らの見解には、皇統を守る仕組みと意義に対する認識不足があるのではないか。
それは、「愛子天皇待望論」まで持ち出したことからも言える。皇室の存続と国民の尊崇の念は不可分のものだが、いかに民主主義とはいえ、皇位は世論で決まるものではない。皇位継承順位が明確になっている現段階で、具体的な内親王の名前を出した女性天皇待望論は事実上の悠仁殿下の廃嫡論でないか。こうした発言こそが世論を煽(あお)り、皇位の安定継承を妨げるものだ。女性・女系天皇の容認論を語ることは許されるにしても、あまりの不見識と言えよう。
前出の石井は2月号の論考とは別に、新年号で自民党の政務調査会長で保守派の高市早苗にインタビューしている(「高市早苗『女性天皇には反対しない』」)。石井は、女性天皇に賛成74%、女系天皇に賛成71%というNHKの世論調査(19年9月実施)を持ち出して、国民の間で「女帝待望論」が高まっていることを述べた。これに対して、高市は「今を生きる私たちの世代で、連綿と守り続けてこられた世界に例を見ない貴重な皇統を絶やすことを安易に考えるべきではない」と答えている。
人間は弱い存在で、時に欲望から暴走することもある。「死者の民主主義」という言葉があるように、民主主義の暴走を防ぐには歴史を学びながら、長く続いてきた伝統や文化の中に先人たちの知恵や遺志を読み取る謙虚な姿勢が肝要だ。高市の発言はこの考え方に通じるものだ。
「天皇の子孫であることが重要で男性でも女性でも同等に尊いとは考えられないのでしょうか」と、石井は言う。男系男子にこだわらなくてもいいとする意見には、この認識があるように思う。
このほか、これまで男系男子が続いてきたのは大正時代まで側室制度があったからだという指摘がある。だから、女系天皇容認派には、その制度も時代の変化に合わせてなくしたではないか、それを復活させなければ男系男子を続けることは不可能だという主張もある。
だから、石井は「価値観の変化に合わせて制度を変えるということならば、女性が帝位を継いでもいいのではないか、という議論も成り立つのではないでしょうか」と問い掛けた。
これに対しては、高市は「私は、女性天皇には反対をしていません。女系天皇に反対しているのです。『女系に移った場合、海外では王朝の交代とみなされる』という指摘」もあると語っている。「男系」の女性天皇は過去に8人存在する。この場合は皇統の断絶にはならない。
本紙昨年12月24日付で皇學館大学現代日本社会学部学部長の新田均が指摘したように、女性宮家を創設し、その当主が皇統に属さない男性と結婚し、その子供が皇位を継ぐことになれば、それは女系による「皇統の継続」ではなく、別の父系への移行、つまり皇統の断絶と見るべきだろう。
側室制度の廃止と女系天皇の容認を、時代に合わせた制度の変化として同列に扱うのは間違いだ。前者は万系一世の皇統を守るための手段で、それを廃止したからといって、他に皇位継承の危機を回避する方策があれば問題ない。しかし、前述したように、女系天皇の誕生はすなわち皇統の断絶なのである。
皇位は世論によって決まるものではないと指摘したが、百歩譲って、世論を無視することはできないとしても、女性・女系天皇が誕生することの意味をどれほどの国民が理解しているのか、という問題もある。不確かな世論や「男女平等」といった世俗の価値観を持ち出して、女性・女系天皇を容認するなら、それこそ皇位の安定継承とは逆の事態を招くだろう。
だから、高市は「『男女平等だから』といった価値観で議論をなさる方がいらっしゃいますが、私は別の問題だと思っています。男系の祖先も女系の祖先も民間人ですという方が天皇に即位されたら、『ご皇室不要論』に繋(つな)がるのではないかと危惧しています」という。左傾化する「文藝春秋」が女帝待望論に固執する意図を考えたとき、高市の危惧を思わずにおれなかった。
(敬称略)
森田 清策