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光化門広場の改造


韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

 光化門広場(朝鮮王朝の正宮・景福宮の正門・光化門前の広場)の「再構造化」は1990年代から論議され始めたソウル市の核心的な都市空間改善事業だ。当時、光化門前の歴史広場と世宗文化会館前の市民広場を二つの軸とする再構造化案が有力な案として検討されていたが、2008年に呉世勲(オセフン)前ソウル市長が現在の中央広場(案)を採択した。しかし、両側10車線の車道に囲まれた広場が孤立していて、本来の役割を果たしていないとの指摘が絶えず、故朴元淳(パクウォンスン)市長が16年に広場の再構造化論議を再開した。

 朴市長は昨年1月、世宗大路の縮小と政府ソウル庁舎の一部撤去などを含む設計案を発表した。地上では世宗文化会館がある西側に広場を拡張し3倍以上にして、地下空間を広げて地下鉄の光化門駅とソウル市庁駅を連結する内容だった。事実上、光化門一帯の全てを公園化しようというものだ。広場の完成時期が21年5月なので、“朴元淳大統領プロジェクト”だとの解釈が多く流れた。しかし、政府庁舎の敷地と関連して当時の行政安全部(部は省に相当)と摩擦が起こり、“光化門の主”である李舜臣将軍の銅像を移転しようという計画は世論の反対にぶつかった。

 何よりも広場を西側だけに拡張する案に対する憂慮が多かった。ソウルだけでなく、大韓民国を代表する広場を左右対称でなく一方に偏って造ることに対する不安感のためだ。このような場合、広場の主要象徴物である李舜臣将軍・世宗大王銅像が周辺部に押し出されるような構造に変わってしまう。10車線の世宗大路が6車線に減ることに伴う交通渋滞の憂慮も少なくなかった。さまざまな論争が起こると、朴市長は昨年9月、「市民ともっと疎通したい」といって一歩退いた。

 市長権限代行体制のソウル市が5カ月後に市長補欠選挙を控えて、広場の改造工事を強行することにしたため、議論が起こっている。市は4年間、市民たちと300回以上、疎通したと言っている。しかし、経実連(経済正義実践市民連合)などの市民団体は、「疎通は形式的な行為だった」としながら、「来年、新しく選出される市長の責任で進めるべきだ」と反対している。朴市長ですら生前に推進を先送りした事業を、市長権限代行が強行するのは納得し難い。その上、予算が 791億ウォンもかかり、いまだに論争が終わっていない事案だ。時間がかかったとしても、広場の未来に関する合意点から見いださなければならない。

 (11月18日付)

※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。