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“牛蒡抜き”で襷を渡すのもレジェンド、まだ見えぬ「永田町駅伝」の行方


髙橋 利行

政治評論家 髙橋 利行

 テレビを点(つ)けると、毎週、どこかで誰かが走っている。「駅伝」であったり「マラソン」であったりする。マラソンは、古代ギリシャ時代、アテナイ(アテネ)がペルシャ軍を撃退した「戦勝」を伝えた伝令の故事に因(ちな)んだらしいが、日本発祥の「駅伝」の歴史も古い。「日本書紀」にまで遡(さかのぼ)る。律令時代に中国・唐の制度に倣ってつくられた「傳馬(てんま)」「駅馬(えきば)」もこの類である。時代劇にしばしば登場する「飛脚」にも繋(つな)がっている。

 正式には「東京奠都(てんと)50周年記念」として行われた「東海道駅伝徒歩競走(1917年)」を嚆矢(こうし)とする。京都の三条大橋から上野の不忍池まで508キロメートルを昼夜を問わず走り続けた。現代の「東海道中膝栗毛」はなかなか忙(せわ)しい。この大会で勝利を収めた「関東組」のアンカーが、のちにマラソンの父として知られる金栗四三である。ちなみに、この3年後、有名な「箱根駅伝」が始まっている。

 自民党の歴史は「駅伝」に酷似している。鳩山一郎(第三次)から石橋湛山、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、三木武夫、福田赳夫、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘、竹下登、宇野宗佑、海部俊樹、宮澤喜一、橋本龍太郎、小淵恵三、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎とバトンが手渡されてきた。このあと民主党に政権を渡したものの3年後に奪還、以降7年間にわたって宰相・安倍晋三の治世が続いている。

 つまり左右社会党統一、自民党結党(ともに1955年)から今日まで65年のうち61年を自民党が政権の座にあり続けたのである。平均すれば1内閣が3年弱しか政権を担当していない計算になる。言うならば「短命政権」の歴史である。2期8年続けられるアメリカだけでなく、ドイツの宰相アンゲラ・メルケル、中国の習近平、ロシアのウラジーミル・プーチンら世界の指導者と比べると、いかにも短い。国際舞台で「ロクに顔を覚えられない」と散々笑いものになったのである。

 逆に、安倍晋三には「レガシー(政治的遺産)がない」と責める。確かに鳩山一郎の日ソ国交回復、佐藤栄作の沖縄返還、田中角栄の日中国交回復、中曽根康弘の国鉄民営化、竹下登の消費税導入、小泉純一郎の郵政民営化というような華々しい成果は上がっていない。北方領土返還、拉致被害者の生還、憲法改正は、いずれも頓挫している。

 それをすべて安倍晋三の責任に押し付けるのは酷である。アメリカとソ連(現ロシア)が手を組んでナチズム、ファシズムに立ち向かった第2次世界大戦当時ならいざ知らず、「第3次世界大戦が勃発しかねない」、アメリカの科学誌が「終末時計」で過去最短の「人類滅亡まで100秒」と発表した「分断の時代」である。日本だけが金字塔を打ち立てられると思うのはムシが良すぎる。

 宰相が在任記録を更新した桂太郎のレガシーは「日露戦争」の勝利である。これも「日英同盟」を結んでいたイギリスが陰に陽に助けてくれたお陰である。日ならずして日英同盟は破棄されている。タイミングが少しでもずれていれば、果たして上手く運んだのか。

 このあと安倍晋三がどういう選択をするのか。「伝家の宝刀」である衆院解散を懐に、余力に任せて走り続けるという道もある。手頃なランナーに後を託するのか。その方が憲法改正への近道という読みもある。あらかじめ決まった距離を繋ぐ駅伝とはひと味もふた味も異なる「永田町駅伝」の妙味である。

 外野席は煩(うるさ)い。「坂の上の雲」(司馬遼太郎)をひたすら追い求める安倍晋三が気に食わない。安倍晋三の側にも付け入る隙が見えてきた。「カジノを含む統合型リゾート(IR)事業」疑惑など、ここを先途と攻撃を仕掛けている。ワンチームになり損ねた野党は、その線を見限って「安倍攻撃」に集中している。いかにタフでも嫌気が差すだろうという狙いである。乱世の行方は、まだ闇の中である。

(文中敬称略)

(政治評論家)