願いが叶いますように! 上桧木内の紙風船舞い上がる

「えいごをがんばる」などの願いや似顔絵、アニメキャラクターの絵が描かれた紙風船を園児らがつかむ=秋田県仙北市西木町の紙風船広場

秋田県仙北市西木町

保育園児や小中高生も参加

田沢湖に近い秋田県仙北市西木(にしき)町で日本最大級の「上桧木内(かみひのきない)の紙風船上げ」が2月10日行われ、地元7集落と学校、各種団体、企業の大小50個の紙風船が舞い上がった。主催は、上桧木内紙風船上げ保存委員会。その中で桧木内小学校の児童は3個を制作。また二つの保育園の園児や中高校生もユニークな図案や願い事を紙風船に描き、大人の手を借りながら雪が降り続く空に舞い上がっていった。
(伊藤志郎)

◇◇◇

地域内唯一の桧木内小学校は全校児童数が48人。平成19年に、上桧木内小学校と桧木内小学校が統合し、新たに仙北市立桧木内小学校として開校した。

紙風船の制作は昨年12月7日、1年生から6年生までの全校児童が18人ずつ三つの縦割り班をつくりスタート。この日は今後の予定について確認し、一人一人に用紙が配られて図案を描く作業に取り掛かった。その後、全6回の作業を経て、和紙に図柄を描いて色を塗り、貼り合わせて完成となった。

この行事の始まりを書き留めたものはないが、伝説では江戸時代の科学者である平賀源内が、銅山の技術指導に訪れた際に、熱気球の原理を応用した遊びとして伝えたとも言われている。以前は五穀豊穣や家内安全を願う「虫焼き」(田圃〈たんぼ〉に稲わらを積み火を付けるもので、どんど焼き、天筆とも呼ぶ)と同時に行われ、民俗信仰の遺産と位置付けられている。戦争を挟み、一時期中断したこの行事も、地元上桧木内の有志による熱心な取り組みにより、昭和49年に復活し、秋田県を代表する冬の風物詩となった。

佐藤秀敏校長は「ふるさとキャリア教育として総合的学習の時間で行っています。最後は体育館に和紙を広げて作業しました。子供たちの思いを乗せた紙風船が空高く舞い上がってくれるのが楽しみです」と語る。

小学6年の阿部るなさんは「紙と紙を合わせるのが大変でした。出来上がって達成感があります。下級生には、分からないところを教えてあげました。私はシマエナガを描きました」と話す。シマエナガは、かわいい小さな野鳥で、お菓子やグッズも販売されるほどブームになっている。

夕方5時前後に、子供たちの紙風船は保存委員会の人たちによって紙風船広場に順番に広げられた。高さはいずれも6メートルほど。ガスバーナーで空気が暖められると雪上に立ち上がる。

集められた子供たちが竹の輪をつかみ少しずつ回転させると、「2024」の数字と干支(えと)の龍の絵、そして制作した子供たちの名前が見えてくる。バーナーからの熱が風船を膨らませると、輪の中心部の、油を染み込ませた布玉に点火。合図でみんなが一斉に手を放すとあっという間に空に飛び上がっていった。

二つの保育園の紙風船も膨らんでいく。「なわとびがんばる」「さんすうで100てんとる」などの文字と自分の似顔絵。隣の風船には、忍者アニメのキャラクターが伸び伸びした動きで描かれている。

しばらく降雪のなかった秋田県だが、この日は平年並みの大雪に。特に山間部のこの地域の降り方は激しかった。しかも雨雪(あまゆき)で服が濡(ぬ)れる。夕闇が迫りつつある中、次々に紙風船が舞い上がっていった。保護者も園児と一緒に喜び、「あそこ、あそこ」と空の明るい点を指さす。

この日は午後4時ごろから細かい雪が降り始め、6時すぎからは本格的な雪となった。いったん浮上するものの降雪のためか落下する紙風船も幾つか見られた。集落ごとにテント内でお互いに交流したり地域の人による出店などもあって賑(にぎ)わったほか、希望する人が願い事を書いた小ぶりの紙風船が幾つも“夜空の星”の一つになっていく。テントの前で「あれっ、〇〇さんのところの娘さん。寄っていって」と集落の男性が声を掛ける。「娘さんと久しぶりに会いました。この祭りは地域交流の場として重要です」と話す。

国内外の観光客を乗せた大型バスは20台以上が押し寄せた。また地域ローカル線の秋田内陸線も混雑。幾つかの駐車場は満杯となり、主催者は近くの道路を一方通行にして車を片側に駐車させていた。この地域でも少子高齢化が進み、保存委員会では来年の開催に向け、絵柄や願い事を書くボランティアを随時募集している。

連絡先(電)0187(42)8480。

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